山本嘉次郎の戦争映画

山本嘉次郎は太平洋戦争中に3本の戦争映画を撮っています。すべて軍部の命令によって作られた国策映画ですが、それぞれ趣が異なり、順番に続けて観ると当時の日本の空気がよくわかって興味深いです。

 

ハワイ・マレー沖海戦

1942年公開

真珠湾攻撃一周年記念として制作されました。当時のお祭りムードがよくわかる、明るく力強い作品です。前半が海軍の予科練での訓練風景、後半が真珠湾攻撃マレー沖海戦という「フルメタル・ジャケット」のような構成ですが、前半の主人公は後半出てこないという不思議な構成になっています。円谷英二の、巨大なセットを使った特撮が有名で、その一点で映画史に刻まれた名作ですが、ドラマが全くないので、話ははっきり言って面白くないです。いかにもお役所の広報らしい映画だと思います。アトラクションムービーですね。

イギリスの軍艦プリンス・オブ・ウェールズを攻撃する前の飛行シーンでワーグナーの「ワルキューレの騎行」が流れます。後に「地獄の黙示録」でBGMに使われたことで有名になりましたが、当時の日本人はすでにこの曲と戦争との親和性に気づいていて、ニュース映画などでも何度か使われているようです。ただし、演奏者の技量不足により簡略化されていますので、ワルキューレもどきになっているのが残念。

 

加藤隼戦闘隊

1944年公開

陸軍飛行第64戦隊、通称・加藤隼戦闘隊の隊長、加藤建夫の伝記映画。軍神の映画ではありますが、原作者が隊員なので、偉人として神格化されておらず、等身大の加藤建夫の姿を知ることができます。戦後に出版された隊員たちの手記と比較しても相違点がなく、実像に近いと思います。実際にあったエピソードで構成されており、僕のような戦記物好きにはたまらない作品です。円谷の特撮も健在。

主演の藤田進が明るくユーモアのある演技で好演しています。厳格な日本軍人のイメージとかけ離れた型破りな人で、隊員からの人気も高かったようで、この人の悪口は一度も目にしたことがありません。最後まで先頭に立って飛び続け、危険な任務は自分で引き受け、上官にも部下にも媚びることのないその姿は、中間管理職の理想形の一つとして、今でも通用すると思います。

加藤隊長が「チャンスだ!」と言ってしまい、部下から「罰金ですよ」と笑いながら突っ込まれるシーンがあります。陸軍では敵性語として英語を禁止していましたが、あまり本気で受け止められていなかったことを示す、興味深いエピソードだと思います。そもそも、戦隊歌からして「エンジンの音〜」なんだから、日本語から英語を取り除くなんてどだい無理な話で、ジョークのネタになってたんですね。

 

雷撃隊出動

1944年公開

雷撃の神様と呼ばれた三人を中心に雷撃隊の活躍を描いた作品です。前2作と違い完全な創作で、山本嘉次郎の作家性が最も発揮された映画だと思います。それゆえにとても意味が取りづらく、暗く絶望的な雰囲気を持っています。なぜこの映画を海軍省が後援して公開できたのか、経緯を全く知らないのでとても不思議です。国策映画は戦意高揚が目的ですから、明るく力強いものであるはずですが、この映画は反戦映画と見紛うばかりに悲劇的です。おそらく世界で唯一の陰鬱な国策映画でしょう。

食堂のおばさんに「アメリカに勝ってください」と言われた水兵が、俯いて黙り込んでしまうシーンなど、なぜこれが検閲を通ったのか不思議でなりません。最後に出演者が横一列に並んで、スクリーンに向かって頭を下げるに及んでは、自分が見たものが信じられず、くらくらとめまいがしてきます。何も知らない人が観たら、戦後に作られた反戦映画だと思うでしょう。

敗色が濃くなってきてはいましたが、撮影時は日本の大反抗作戦である捷号作戦の直前で、本格的な空襲もまだありません。台湾沖航空戦大勝利という誤報によって、日本中が沸きかえったりもしていましたから、まだまだ厭戦気分が蔓延するような空気ではなかったでしょう。ただし、海軍内には「もうだめだ」と考える人はいたと思います。おそらくは、軍人たちへの綿密な取材によって、その後の日本の運命を予言するような作品になっていったのではないかと考えています。

この映画の中で主張される「雷撃隊精神」は、明らかに神風特攻隊の出現を暗示しています。それどころか、一億総特攻のスローガンにつながるような思想まで語られます。まるでスクリーンの前の観客に、これから起こる悲劇に対して覚悟を促すような悲壮感に満ちています。

山本嘉次郎は戦争映画を作り続ける中で、戦争の帰結を敏感に察知して「破滅」という決して避けて通れない問題に直面したのでしょう。それを正面から描いたのは、芸術家としての良心だったのだと思います。

レイテ沖海戦で沈む直前の空母瑞鶴が登場します。「ハワイ・マレー沖海戦」では赤城を見せてもくれなかった海軍が、今回はかなり協力的です。他にも九七式大艇の着水シーン、零戦の給弾シーンなどは実機。兵器マニアにはヨダレものです。

 

加藤隼戦闘隊 [東宝DVD名作セレクション]

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雷撃隊出動 [東宝DVD名作セレクション]

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