法の正義と人の正義「アラバマ物語」

アラマバ物語 To Kill a Mockingbird

  • 1962年公開 アメリカ映画
  • 監督 ロバート・マリガン
  • 出演 グレゴリー・ペック / メアリー・バダム

差別や偏見が色濃く残る30年代のアメリカ南部で、冤罪で訴えられた黒人青年の弁護士になった男の闘いの物語。
グレゴリー・ペックがアメリカの良心を体現した公正な弁護士アティカスを演じ、アカデミー主演男優賞を受賞しています。

物語は古き良きアメリカの描写からスタートします。牧歌的で慎ましく素朴な人たちの姿が、アティカスの子供たちの視線で描かれます。この世界では、白人と黒人は一緒に仲良く生活しています。
子供達が良き父親であるアティカスの教育の元、健やかに成長していきます。

しかし、隣家には知的障害を持つ男ブーがいて、子供たちから怖がられています。ブーは昼間は家に引きこもり、夜になると徘徊する薄気味悪い男です。
そして、次第にアメリカ南部が抱える闇の部分が少しづつ露わになってゆくのですが、この価値観の転換が最後まで続くという、一筋縄ではいかない構成になっています。差別問題を扱うと同時に、正義とは何かという本質的な問題にまで切り込んでゆく作品になっています。

黒人青年のトム・ロビンソンは、白人女性をレイプした罪で裁判にかけられます。アティカスはその弁護を引き受けるのですが、それだけで町の人たちから非難されます。黒人を弁護するなど許せないというわけです。なにしろ、黒人をリンチして殺すことが横行していた時代ですから、住民たちは裁判すること自体に不満なのです。

しかし、法の正義を信じているアティカスは負けません。法廷でトムの無実の証拠を上げ、冤罪を主張します。
アメリカ映画お得意の法廷劇であり、緊迫感があってとてもいいシーンです。法の正義や良心、対話によって暴かれる真実、公正で民主的な手続きが展開されます。

しかし「十二人の怒れる男」のような結末を予想するとあっさり裏切られます。
明らかな冤罪であるにもかかわらず、陪審員は有罪を宣告します。そして、絶望したトムは逃亡を企て射殺されてしまいます。差別的な南部の社会では、法の正義は無力だったのです。

それでも、アティカスは黒人社会の信頼を勝ち得ることに成功します。法の正義を信じているアティカスは、これからも公正な人間として生きて行くだけです。その積み重ねが、いつか世界を変えるかもしれないのですから。

 

と、ここまでで大分いい話なんですが、ここで映画は終わりません。
観客に一つの結論を提示しているにもかかわらず、それをひっくり返してしまいます。

 

被害者とされた女性を暴行したのは、実は父親であることが法廷で証明されているのですが、トムが有罪になったことでこの父親は野放しになってしまいます。
その父親が、逆恨みしてアティカスの子供を襲います。そこへ隣人の知的障害者ブーが駆けつけて子供の危機を救い、父親を刺殺してしまいます。
その事実は、駆けつけた保安官とアティカスの知るところとなります。

正当防衛であることを法廷で証明できると主張するアティカスに対して、保安官が事故として処理すると告げます。
裁判になればブーが衆目に晒されることになる。彼にそれが耐えられるか。正当防衛であることは明らかなんだから、そっとしておいてやれと言うのです。
もしそれでも法の裁きこそが絶対だと思うなら、それは正義じゃないと非難するのです。

常日頃、人の立場になって考えろと子供に言っていたアティカスは、愕然としてしまいます。彼の法への信頼には、傲慢さが潜んでいたのです。

実はブーは、アティカスの子供だけではなく、もう一人の人物を救っています。父親に虐待されていた娘です。
父親から日常的に暴力を振るわれていたこの娘の、たった一人の味方が死んだ黒人青年トムでした。このトムを誘惑している現場を父親に見つかったことが発端となり、トムを排除しようとする父親の命令で裁判を起こしたのです。
なにしろ、家庭内暴力など問題にされなかった時代です。娘にはそれを訴える場所などどこにもないのです。父親に従う以外の道はありません。

ブーは父親を殺すことで意図せずして娘を救いますが、アティカスもまたそれに気づきません。なぜなら、彼にとっては法が全てだからです。法廷で自ら虐待の事実を指摘しておきながら、法の埒外にある問題には想像力が働いていません。
アティカスだけではありません。法廷にいた人間で彼女に同情していたのはたった一人、トムだけなのです。
社会が目を向けてくれない問題を解決したのは、社会から隔離された障害者による殺人でした、という非常に皮肉な映画でもあるのです。

アティカスは、保安官と口裏を合わせて事故として処理することに同意します。愚直に理念に従うことは、必ずしも良い結果になるとは限らないということです。

もしカントが観たら激怒しそうな結論ですが、正義とは何かを考えるきっかけになる良い映画だと思います。

正義大好きなアメリカ人だからこそ作れた大傑作です。

 

アラバマ物語 [DVD]

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