人生いいことまるでなし「シリアスマン」

シリアスマン  A Serious Man

 コーエン兄弟の少年時代をモデルに、60年代アメリカのユダヤ人コミュニティを描いたホームコメディ。本当にアメリカは多様性のある国ですね。市井の人々の物語ですが、コーエン兄弟らしい抑制の効いた演出や、怜悧な世界観は健在です。

主人公は凡庸で冴えない「真面目な男」ラリー・ゴプニック。郊外の閑静な住宅地に家を持ち、妻と二人の子供がいる大学教授という一見すると幸福な境遇にあります。やましいことといえば、一度ポルノ映画館に行ったことがあるくらいという、絵に描いたような善良な男です。
その善人に、次から次へと苦難が降りかかってきます。コメディタッチですが、あまりにも酷い目にあいすぎるので、見ていて本当に可哀想です。ラリーが気が弱い小心者なのでなおさら。

善人が理由もなく災厄に見舞われるといえば、旧約聖書の「ヨブ記」ですよね。
非の打ち所がない善人であるヨブを見て、神と悪魔が賭けをします。ヨブの信仰心を試してやろうというわけです。そして、ありとあらゆる苦難がヨブに襲いかかります。子供も財産も失い、病気になって死の淵をさまよいます。
ヨブは信仰心を捨てずに必死に耐えるのですが、次第に心の中に疑問が芽生えます。因果応報が真実ならば、なぜ善人の自分がこんな目に遭わなければならないのか、と理由を模索し始めます。
そしてついに、神と対峙して直接答えを訊ねるのですが、それに対する神の返答が滅茶苦茶。
「生意気言ってんじゃねーよ。お前みたいな馬鹿にわかるわけねえだろ」
かなり意訳しちゃいましたが、まあ多分そんな感じです。ヨブはその言葉を受け入れて、許されます。そして幸福を取り戻して、天寿を全うするのです。
神の横暴さに腹がたちますが、要するに因果応報なんて人間が勝手に作り上げた絵空事だっていう寓話ですね。苦難に意味なんてないんです。

ヨブ記」の最後は予定調和になっているのですが、これはコーエン兄弟の映画です。因果応報がないのと同様に、予定調和なんてあるわけありません。コーエン兄弟らしいブラックユーモアで「ヨブ記」を再構築しています。

 

なぜかDVD化されておらず、Web配信のみなのが不思議。

シリアスマン (字幕版)

シリアスマン (字幕版)