オタクを殺す映画「ゴーストワールド」

ゴーストワールド Ghost World

「ダメに生きる」__劇場公開時にそんなキャッチコピーで宣伝されていました。凡庸なメインストリームを軽蔑して、ニッチなサブカルを愛する少女の物語。ダニエル・クロウズによる同名のコミックが原作です。

イーニドとレベッカは高校を卒業したものの、何をするでもなくダラダラと過ごしていた。二人の楽しみは街中の変な人を観察すること。アメリカってこんなに変人が多いのかと思うほど、ゴーイングマイウェイな人たちが次から次へと登場します。おかげで二人は暇つぶしのネタに事欠くことがありません。
そんな二人が目をつけたのが、いかにもオタク然とした中年男シーモア。初めはからかい半分で接近した二人だが、ガレージセールでシーモアから買ったスキップ・ジェイムスのアルバムに感銘を受けたイーニドは、次第に彼と親密になっていきます。一方レベッカは仕事を見つけ、イーニドとの距離が開いていく。

遊び呆けていたイーニドにも、自分の将来に目を向けなければならない時が訪れるが、器用に現実と折り合いをつけられない彼女は、やがて孤立していきます。

二人の女の子の物語として始まりますが、途中からイーニドとシーモアの物語になっていきます。これは原作になかった要素であり、大胆な改変がなされています。シーモアはもう一人の主人公として重要な役割を担います。

シーモアはステレオタイプなオタクとして登場しますが、彼には監督のテリー・ツワイゴフ自身が投影されています。嘲笑の対象としてではなく、愛情を持って描かれています。それゆえにオタクが恋愛に直面した時の現実を、嫌というほど辛辣に見せてくれます。
シーモアは戦前ブルースのレコードコレクターです。そんな趣味を持っているのは男しかいませんから、同好の士も男ばかり。ブルースのライブに行って女と知り合っても、話が噛み合いません。
そんな彼の前にイーニドが現れます。彼の趣味に理解を示し、賞賛し、目を輝かせながら話を聞いてくれます。引っ込み思案な彼に付きまとい、気まぐれで振り回してくれます。シーモアは顔にこそ出しませんが、嬉しくて仕方がないわけです。しかし、イーニドの彼に対する敬意は恋愛感情ではありません。しかもシーモアには、女をその気にさせる手練手管もありません。これは………最悪のパターンです。

シーモアがイーニドに夢中になってからの展開は、辛くて辛くて見ていられません。心臓をザクザクと突き刺してきます。彼は自分の幸福の芽を、ひとつずつ丁寧に踏み潰していきます。

ああ、この映画は俺を殺しにきている。何人の観客がそう思ったことでしょう。どんなホラー映画よりも恐ろしい現実が、目の前に繰り広げられます。居留守? アハハハハ……。

この映画は観る人によって評価が変わります。人によっては、よくある青春の1ページとして映るでしょう。イーニドの傲慢さをただの厨二病だと思うかもしれません。しかし監督はテリー・ツワイゴフです。前作「クラム」でアウトサイダーの人生を描いた人です。これは業なのです。

最後イーニドは、行き先のわからないバスに乗ります。これは、世の中と折り合いをつけることを断念して、アウトサイダーとして生きるという決意表明なのです。

 

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