制作費1兆円の超弩級戦争映画「ヨーロッパの解放」

ヨーロッパの解放 Освобождение

  • 1970年公開 ソヴィエト映画
  • 監督 ユーリー・オーゼロフ
  • 出演 ニコライ・オリャーリン / ラリーサ・ガルブキナ

アニメ「ガールズ&パンツァー」とのコラボによりDVDのパッケージがとんでもないことになっておりますが、中身は紛れもなくソ連の国策映画「ヨーロッパの解放」です。しかもHDリマスター。ガルパン様様です。

絶好調だった頃のソヴィエト連邦が、国家の威信をかけて湯水のごとく国家予算を投入して作った、バカみたいにスケールのでかい戦争映画です。こんな映画二度と作られないんでしょうね。
8時間近い長尺の映画ですが、5部構成なので何日かに分けて観られます。「ゴッドファーザー」3部作よりは短いと思えば、そんなに苦痛でもないでしょう。

ソ連が反撃に転じたクルスクの戦いからドイツ敗戦までを、各国首脳の政治的駆け引きから戦場の実相までを史実にのっとってリアルに描ききった、一大戦争叙事詩です。
なんでワルシャワ蜂起は無視なんだとか文句もありましょうが、国策映画ゆえに、そこは割り引いて観るのが正しい鑑賞法です。描かれていることだけを見ていけば、意外と客観的な映画です。
ヒトラーゲッベルスの死が自殺として描かれないのも、英雄的最期に出来ないという政治的配慮からくるものなのかもしれません。それでもヒトラーが、登場する国家首脳たちの中で一番魅力的に見えるのは、独裁者のアイコンとしての地位を確立した存在だからなのでしょう。スターリンなんてただの澄ましたおっさんとしか描かれません。ヒトラーマクベスのような魅力があります。

国家首脳たちのやり取りも面白いですが、なんといってもこの映画の目玉は戦場にあります。
第1部のクルスクの戦い、広大な平原を埋め尽くすドイツ軍のティーガー戦車の群れには圧倒されます。ソ連の戦車を改造して作ったものですが、その再現度はかなり高い。いかにリアルに戦場を再現するかという妄執にとりつかれた制作者たちが、徹底的にこだわって作った戦闘が繰り広げられます。

リアルな戦場ということは、当然そこにはヒロイズムなどありません。混乱と絶望だけが延々と描かれ続けます。
今でこそ欧米の戦争映画はリアル路線になっていますが、この映画が公開された当時はまだ、明るく楽しい戦争映画が主流でした。悲劇であっても、それはドラマチックに描かれるものでした。この映画はリアリズムに徹した冷めた視点で、淡々と戦場を描いて行きます。リアル路線の先駆けともなったのがこの映画です。

ソ連軍が連戦連勝する映画のはずなんですが、最前線の悲惨さは半端じゃないです。いかにソ連兵が捨て駒として使われていたか、ということがよくわかります。
無能な上官の判断ミスでピンチに陥るというのは戦争映画によくあるパターンですが、ここにはそんな慰めになるようなドラマはありません。お前ら捨て駒なんだから死んで当然という、逃げ場のない現実が突きつけられます。
部隊が壊滅して戻ってきた指揮官が上官に咎められて、拳銃一丁でティーガー戦車に特攻します。とにかく兵は撤退を許されず、泣きそうになりながら戦場を右往左往します。戦友はどんどん死んで行くから、男同士の友情なんてありゃしません。
一応主役の砲兵隊の隊長も、出てくるたびにやられてばかりで、いいところ一つもありません。兵たちの嘆きに満ちています。
こういうのは、ロシア人の悲劇好きな芸術的感性の発露もあるのでしょうね。何しろ主役級の兵士たちは、最後にはほとんど死んでしまいます。

ソ連軍の戦車兵が、収容所に送られる囚人達を解放する場面は、かなり象徴的です。囚人の中にいたドイツ人の共産主義者が突然演説を開始するのですが、戦車兵は全く興味なさげです。兵は政治に無関心なのです。早く戦争を終わらせて、家に帰りたいだけなんですから。ヨーロッパを解放したいなんて、高邁な思想は持っていないのです。

そうは言っても、戦争シーンはカッコいいです。戦車が出てくるだけでワクワクします。T-34の大ジャンプなんて拍手喝采ものです。
第5部なんかは延々ベルリン市街戦。廃墟となったベルリンの中を戦車が暴れまわります。もうお腹いっぱい。

カットを細かく割らず、カメラを動かしてシーンを繋いでいく手法もいいですね。カメラのフレームの外で、同時進行でいろんな事象が発生していることが感じ取れます。

全般的に真面目な映画ですが、ユーモラスなシーンもあります。
ソ連兵に居座られた、ベルリンの一般市民のおばさんの家に電話がかかってきます。「ソ連軍は来ているか?」と聞かれるのですが、おばさんは訳がわかりません。「ソ連兵ならうちで歌を歌ってるけど、あんた誰?」と聞き返します。
電話の主はゲッベルスです。ドイツ軍が壊滅状態になり、軍の情報網が機能しなくなったので、戦況を把握するために一般人の家に電話をかけまくっているのでした。史実だそうです。